旧日本軍の敗戦を通して見えた、組織の欠陥「失敗の本質」
【はじめに】
「失敗の本質」とは旧日本軍が関わったノモンハン事件を始めとする6つの作戦についてそれぞれ戦史的考察と組織論的考察による共同研究をまとめたもので、初版から30年以上を経ても売れ続けるロングセラー本です。
1.出版の狙い
編者たちによれば、本著出版の狙いは、次のようなものでした。
旧日本軍における組織論各作戦は失敗の連続であったが、それは日本軍の組織特性によるのではないかと考えた。「戦い方」の失敗を研究することを通して、「組織としての日本軍の遺産を批判的に継承もしくは拒絶」することが出版の主目的であった(「本書のねらい」)より。
そして、日本軍は環境に過度に適応し、官僚的組織原理と属人ネットワークで行動し、学習棄却(かつて学んだ知識を捨てた上での学び直し)を通して、自己革新と軍事的合理性の追求が出来なかった
と結論づけています。
こうした角度から、日本の組織論に斬り込んだユニークさが高く評価され、文庫化されてから現在まで70万部を超えるロングセラーになっています。
こうした日本的意思決定の特性と問題点を指摘した著作として有名なのは、1977年に発行された山本七平による「空気の研究」があります。
2.主な内容
(1)失敗のケーススタディ
本書ではミッドウェイ海戦やインパール作戦など、太平洋戦争中に旧日本軍が実施して、大敗した作戦をケーススタディとして、失敗の原因とそこに至るプロセスを深求する事によって、作戦が挫折する本質的な原因を追求しようとしています。
数人の歴史研究家による共同著作ですが、戦記物に書かかれるような、戦闘記録の紹介や、こうすれば勝てたというハウツーを紹介するものではありません。
(2)非合理な意思決定と責任追及の曖昧さ
戦争という非常事態の中で、軍の意思決定が客観的な事実と綿密な情報に基づいた合理的な判断より、情実や指揮官の個人的感情、希望的観測が優先されて行われていたという事です。
極めて非合理的な意思決定が行われていたということが浮き彫りにされています。
こうした非合理的な意思決定が問題になるのは、結果が失敗に終わった時に原因を究明する事を妨げ、失敗から学んだ教訓を糧にできずに同じ失敗を繰り返してしまうという事にあるのです。
例えば有名なミッドウェイ海戦については、事前の偵察不足や指揮官の決断の遅れ、アメリカ軍による日本海軍の暗号解読など戦闘に敗北した要因は様々に取り上げられています。
この本では敗北の要因は別にして、その後の対処を厳しく指摘しています。
つまり敗北の事実を隠蔽する事を重視する余り、戦闘のプロセスに関する検討がなおざりにされ、教訓が共有されなかった事、さらに責任追及が曖昧になり、司令官と参謀長の2トップが更迭されずに留任するなど信賞必罰が徹底されなかった事が組織的欠陥の典型と指摘されています。
特に2トップの留任は、捲土重来を期する両名のアピールを、上司である山本五十六の温情によって決定されたとしています。
また、これも有名なインパール作戦では、作戦自体の無謀性やリスク管理が不足している事を現地や大本営が認識していながら、作戦実施に固執した牟田口司令官を抑止できず、温情に基づいて実施を許可した上級司令部の責任や問題を指摘しています。
さらに作戦失敗が明らかになってからも責任転嫁を情実が横行した結果、撤収が遅延したためいたずらに犠牲を増やし、それがビルマ戦域全般の崩壊に繋がった事も指摘されているのです。
(3)導き出された日本的組織の欠陥
軍隊は巨大な官僚機構であり、戦争は国家プロジェクト、個々の作戦や戦闘はプロジェクトの一環を為すオペレーションと捉えることができるでしょう。
組織の意思決定はあくまで人間が行うものである以上、情実や感情という不合理なものから逃れることはできません。そこには日本人の国民性や特性が必ず反映されます。
そうした国民性は、世代を超えて引き継がれ、容易に変わるものではありません。
時代が変わっても、企業や官庁という組織の中で温存され、同じ失敗を繰り返してしまう事が問題なのです。
3.次の時代への教訓
新型コロナウイルスによるパンデミックが深刻化していますが、現在の状況は感染症対策という枠を超えて、もはやウイルスとの戦争と呼ぶべき事態になっています。
政府や自治体の対応を見ていると、専門家による警告の軽視、客観的事実の積み重ねによる合理的な予測より希望的・楽観的見通しに依存して戦力の逐次投入を行なって破綻した旧日本軍の失敗を想起してしまいます。
パンデミックはいつか収束するでしょうが、国家としてどのように対応したかは、私たちの子孫に貴重な教訓を残すためにも、しっかり記録に留めておく必要があるでしょう。
4.ライティングへの参考
ビジネスや組織についてライティングする際に踏まえておくべきは、21世紀の日本でも80年近く前の戦争で発揮された、合理性より情実を優先する意思決定が行われているという事実です。
この文章を書いている最中に東京五輪組織委員会の会長人事を巡る
スキャンダルが発生しています。
報じられている問題の推移や経過を見れば、改めて日本の組織に根付く宿痾が良くわかります。
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